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廻船問屋としてのはじまり

越前の北の玄関口、北前船の寄港地として栄えた三国。
今では漁・釣の港であるここ三国港も、往時は名高い商業の港でした。
望洋楼のはじまりは越前三国の廻船問屋。千石船(北前船)を使って遠くは北海道・江刺などとも交易を重ねた海の雄でした。交易のもっとも栄えた江戸後期までは望洋楼も廻船問屋としてさまざまな記録にその名を残しています。
望洋楼のロビーでは、当時をしのぶ北前船の額をご覧いただけます。

北前船イメージ

やがて明治30~40年代にはいると鉄道が発達し、廻船業は徐々に衰退していきます。その時勢をうけ、明治時代には望洋楼は料理屋そして宿として新たに生まれ変わりました。

明治時代の望洋楼

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望洋楼を愛した貴人賢人

明治時代に創業した当館は、百有余年を経る間多くの貴人・賢人に愛されてきました。とりわけ、今でも「お殿さま」と呼ばれ人々に愛される時の越前藩主松平春嶽との関わりは深く、ゆかりのある品も数々残されています。
幕末の四賢と称された越前藩主、松平春嶽。歌人橘曙覧との交友にもみられるように、政の中にあっても常に知や雅な心を忘れない、優れた人物でありました。
この春嶽公の、故里越前での唯一の愉しみは望洋楼で、日本海の怒濤に臨みくつろぐ一時であったといいます。彼は東尋坊に近い当館にしばしば足をのばし、海の幸に舌鼓を打ち、日本海の落日を肴に朱盃を傾けました。

松平春嶽の額

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21世紀の今なお、海の幸の美味しさ、酒の薫り、それに荒波に映える落日の美しさは変わることがありません。館内のそこここに過ぎゆく時を感じつつも、いつまでも変わらない良き伝統と歴史、そして自然をご堪能いただければ幸いです。

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